【猫ばなし】なつめぐとチュール
By 室長
なつめぐは、あまり人に懐かない猫だった。
過去形である。令和八年の夏の足音が聞こえ始めたころ、十七歳で逝った。
なつめぐ、通称“なっちゃん”または“なっつ”は、相方が近所の高架下から保護してきたキジトラだった。キジトラの伝統にのっとり、人に慣れる気配は一向になかった。しっぽも、知恵の輪を無理やりねじ曲げたような強烈なカギしっぽで、持ち主の性格をそのまま形にしたように見えた。
おまけに鳴き声も「うににに」と独特で、顔はだいたい仏頂面だった。
里親さんが見つかるはずもない。
とりわけカメラが嫌いだった。スマホを向けると耳をぺたんと伏せ、とんでもなく苦い顔をする。もはや「写真映えしない」という次元ではない。己の渋面でもって、その忌々しいスマホごと呪い壊してやる――そんな根深い不信すら感じさせた。
そんななっちゃんがまだ幼いころ、突然全身麻痺になった。
最終的には川崎の高度医療センターまで連れていったが、原因はわからなかった。余命は数日だと言われた。
まだ若いのに。
それでも首から上しか動かない体で、ぞんざいな手つきで触診する先生に「シャー!プシャー!」と闘争心満々でブチ切れていた。
私は正直、少し感心した。
人間をとことん嫌う、その一貫性に。
死にかけていても、ぶれない。
そこにはもはや、気高い信念のようなものさえ感じられた。
医学的にもうできることはないと言われ、我々はなつめぐを家に連れて帰った。相方と一緒に、このまま看取るつもりでいた。
ところが数日後、まず後ろ脚が動いた。
さらに数日すると前脚も動いた。
そして気づけば、なつめぐは普通に歩いていた。
撮っておいた動画を先生に見せると、先生は首を傾げた。私も首を傾げた。相方も首を傾げた。なつめぐだけが、何事もなかったような仏頂面を決めていた。
それから腎臓を悪くして、死にかけたことがあった。けど持ち直した。しばらくすると再び数値が悪化し、腎臓が完全に萎縮してしまって命を賭けるような手術を受けた。
それでも圧倒的に不利なオッズに逆らって、なっちゃんはまた家に帰ってきた。
いや、この猫はすごいなと思った。
そのたびに、大枚もばさばさ飛んでいったけど。
そんなことを繰り返すうちに、なっちゃんは少しずつ我々に心を許すようになった。
猫に「この人間たちに助けてもらった」という感覚があるのかはわからない。
ただ、我々に対して「シャー!」と言うことはめっきり減り、牙を剥くこともなくなった。そして片方の腎機能を失ったころには、ついに撫でさせてくれるようになった。
撫でると、耳を伏せて全身を強張らせる。嫌ならいつでも逃げられるのに、なぜか逃げない。なつめぐは及び腰のままその場に居続け、「別に好きで撫でられてるんじゃないから」とでも言い訳するような、なんとも微妙な顔でこちらを見返してきた。
あれがなっちゃんなりの、人間に対する最大限の譲歩だったに違いない。
令和八年に入ってから、なつめぐはまた急に体調を崩した。
何度も危ない橋を渡ってきたなっちゃんだったが、今度ばかりは限界が近いことが傍目にもわかった。たちまちベッドでほとんど寝たきりになり、歩くことさえ難しくなった。
ただし、大好きなチュールは別だった。
我々が袋をガサガサと手にする気配を察すると、むくりと頭を上げる。
そして、立つ。
よろよろとこちらまで歩いてきて、チュールをひと舐めする。すると、すべての力を使い果たしたように、その場にぺたりと倒れ込んだ。
そんなに好きなのか、チュール。
亡くなる前日くらいまで、それをやった。
残り少ない生命力の何パーセントかは、最後までチュール専用の別枠として確保されていたようだ。ほかの用途に取っておく手もあったはずだが、彼女は最後までチュールに使った。
なんだか、なつめぐらしいと思った。
最期は眠るように逝った。
今回は、もう戻ってこなかった。
まあ、十七歳である。何度も死にかけた体で、充分すぎるほど生きたと思う。
なつめぐが好んで爪を研いでいたサボテン型の爪とぎ。今はもう、誰もそこで爪を研がない。
しばらくのあいだ、サボテンも少し寂しそうに見えた。
(了)

