【掌編】続・チャダ子の夏
By 室長
チャダ子はようやく髪を切った。
結局、自分で切った。
美容師の女が泡を吹いて死んでしまった以上、仕方がない。
ただ、ひとつ問題があった。
チャダ子は怨霊なので、鏡に映らない。
仕方なく、ほとんど勘で切った。霊力で浮かせたハサミは思ったより操作が難しく、右をざっくり、左をざっくり。後ろにいたっては、もう右と左のどっちへハサミを動かせばいいのかよくわからず、途中から投げやりになってヴァイブに任せた。
まあ、こんなもんでしょ。
別に明日ライブを控えたアイドルでもないわ。
だいたいボブっぽくなってるはず。たぶん。
それに涼しかった。さっぱりした。
今は何よりそれがいちばん大事だ。
ふふ、昔そんな歌もあったわね。懐かしい……
さ、そんなことより、ちゃちゃっと呪っちゃいましょう。
殺してはいけない。
さっきみたいに。
誰かをちゃんと呪わないと。その呪いを広めてもらわないと。拡散してもらわないと。バズらないと。怨霊の強さは数字によって測られる。かにゃ子に負けてはいられない。
チャダ子は決意も新たに自身をデジタル化し、再びテレビの中へ飛び込んだ。
次に出たのは、どこかの若い男の部屋だった。
テレビ画面からぬっと顔を出した瞬間、男と目が合った。男は畳に座ってラーメンを啜っていた。チャダ子を見るなり青ざめ、麺を啜る手を止めて後ろにのけぞった。
ふふ、完全に怖がってるわ。
今のところ順調ね。そしたら得意の……
「カカカカカカ……」
男は口をあんぐり開けたまま目をひん剥いた。手から割り箸がぽとりと床に落ちた。
いいわ、いけてる。呪えてる。そしたら一気に……
が、チャダ子の顔を見ているうちに、なぜか男の顔から恐怖の色が薄れていく。
「……え、あれ……」
男が麺を口に含んだまま言った。
「……あ、その頭……」
「カカ……?」
「……そう、あれ、なんだっけ……」
チャダ子はテレビから半分ほど這い出した姿勢のまま、待った。
「麗子像!」
は? 麗子像? 何それ。
私はチャダ子よ。
「え……あ゙……ち……が……」
そこまで言って、チャダ子はハッとした。
麗子像といえば……
前髪ぱっつんだ。
まさか。
私の頭。
まさか。
まさかまさか。
そういうことなの?
そういうことだった。
超ぱっつんだった。
すごいすごいぱっつんだった。
「ゔあ゙え!」
チャダ子は両手で激しく頭を抱えた。
恥ずかしい!
めっさ恥ずかしいわ!
よりによって怨霊がセルフカットに失敗するとは。そんな世界線はついぞ聞いたことがない。
こんな頭では誰も呪えない。
怖がらせるより先に笑われてしまう。
と思ったら、案の定、男が噴き出した。
「ぷっ……ご、ごめ……」
「………」
「いや、だってほら、あんまりぱっつんだから……」
「ゔ……」
「それ、自分で切ったん?」
「………」
「やっちゃったね、完全に」
「ゔ……え゙……」
男はまだ笑っていた。
「あ、いや、ごめん。怖いんだけどさ……」
「あ゙……」
「つか、なにその後ろ、一部だけ長っ! 闘えラーメンマンかよ! あっ、うっ、もうだめ……限界……」
「……」
「ぎゃはははははははは!」
男はついに麺を吹き出し、恐怖と笑いが入り混じった顔でひいひい言って腹を押さえながら、やがて白目を剥いて後ろにぶっ倒れた。
絶命していた。
笑い死んだのだ。
チャダ子はしばらく、麺まみれになった男を呆然と見ていた。
それから、ため息をついた。
また殺しちゃった。
今年ふたり目よ。
どうしてよ、こんなに呪いたいのに……
いっそもう、かにゃ子に相談しようかしら。
外ではセミがみんみん鳴いていた。
(了)